『それは誰の趣味?』

 

「ふー、今日もおつかれさんや」

 

 自室とは名ばかりの仕事部屋に到着すると、はやては思わず溜息をついた。

 機動六課を設立した中心人物であり、六課解散後も様々な難事件を解決してきた総合ランクSSともなればその多忙さは半端ではなさそうである。

 もう一体何日我が家に帰ってないだろうか、と事務的な固さを誇る管理局の簡易ベッドに腰を降ろし、その長すぎる数週間を遡ってみたりする。

 

「早いとこゆっくりしたいわー」

 

 そんなぼやきも致し方ないところ。

 そろそろ暮らし慣れた家で怠惰を貪ったり旧友達と会って近況から昔話にまで花を咲かせなければ仕事に埋没してしまいそうだ。

 

「残った作業終わらせてはよ寝るかな」

 

 やり残した書類整理は毎日こつこつ、等と上手くいくわけもなく、きっちり繰り越しサービスを受けた紙の束は本日のボーナス分が追加されて殺人的な量に膨れあがっている。

 

「ん? なんやこれ」

 

 書類作業という名の発掘作業を開始すべく、決意を固めたはやてであったが、机に向き合ったところで挙動が止まってしまった。

 机上には相変わらずA4やらB5やらの堅苦しい用紙が堆積しているが、その傍らに明らかに体裁の異なる封筒を発見した。

 

『はやてちゃん誕生日おめでとう』

 

 クリーム色をした封筒には淡い草色の文字でそう綴られていた。

 はやては暫くの間呆然としてしまった。

 

「おーそうやったね」

 

 ようやくして口から出た言葉は自分でも呆れる程になんとも間抜けなものであった。

 普段の職務に追われて連日多忙を強いられてる身とはいえ、自分の誕生日を忘れるとは情けない。

 まだまだ恥じらう乙女のつもりでいたが、いつの間にか月日の流れに逆らえないでいたということか。

 

「歳は取りたくないもんやね」

 

 嘆息しながら一人ごちた。

 同時に、ちょっと前までそんなことを言う大人達を見て歳よりくさいな等と心の中で揶揄したものだが、まさか自分が言う立場に気付かぬ内になっていたことにショックを受ける。

 落ち込んだ気持ちを引きずりながらも払拭するべく、はやては封を開けて中から一枚の用紙を取り出した。

 

『管理局A棟202会議室』

 

 シンプルにそれだけ書かれている。

 簡素な文字ははやてを困惑させるには十分過ぎたようで、頭の上をクエスチョンマークが飛び交っている。

 程なくして頭上のはてなを追い払ったはやては閃いた。

 

「ははーん、賢いはやてちゃんはわかってしもたで」

 

 何かひどく悪いことを考えついたように口の端をにやりと持ち上げる。

 

「とにかく会議室へ行くで」

 

 言うや否やはやては目的地へ向け部屋を飛び出した。

 

 

 会議室に到着したはやては早速探し物でもあるのか室内を見渡した。

 

「あった、やっぱりや」

 

 コの字型に組まれた長机の上に先と同じ封筒が置かれている。

 はやては中身を確かめるべくはやる気持ちをそのままに手紙を取り出す。

 

『衣装に着替えてにゃーと鳴け。その時ちゃんとポーズもつけること』

 

 はやては思わず言葉を失った。

 あまりに予想外で突っ込み要素満載な文章に面食らってしまったが直ぐに気を取り直した。

 

「ふふ、そう簡単にプレゼントが貰えたら楽しくないもんな。やったろうやないか」

 

 手紙に書いてある場所に行き、そこで新たな手紙に従う。そしてたどり着いた先にはプレゼントが……。何とも古臭い手法だがはやては何故か乗り気である。

 早速封筒の脇にあった衣装に手を伸ばす。

 そこにははやての想像を越えた衣類が置かれていた。

 水着と言われても遜色のない狭面積を誇る羽毛素材のビキニを見つめた後、付属パーツの猫耳、猫足、尻尾の三点セットを見るや否や早くも挫折し、はやては衣装を投げ捨てたくなる衝動に駆られた。

 

「一体誰の趣味やねん」

 

 文句を溢しながらも渋々着替え始めた。

 

「こ、これは予想以上に……、は、恥ずかしいやないか……くっ……」

 

 着替え終えたはやては自分の姿に戸惑いを隠せない。

 頬が紅潮し、耳まで真っ赤にさせて先ほどから誰もいない会議室で辺りを気にしている。

 猫足をはめた手を付き合わせたり体を隠そうと覆ってみるが、そのままでは拉致があかない。

 最早鳴くしか手段は残されていない。

 

「くっ……誰の趣味や。恨むでほんま」

 

 愚痴を言いつつ覚悟を決める。

 言うべき言葉、鳴き声を頭の中で反芻する。

 何とも口にしにくい。緊張が否応なしに高まり、動悸が激しくなる。

 心臓が必要以上に稼動し、呼吸が荒くなるのが手に取るようにわかる。

 

「ふぁっ、……くっ……ふぅ、はぁ……っはぁ」

 

 乱れた吐息は自分の意志とは関係なく暴走し出す。

 たった一言が酷く重く感じて、中々喉元から先へ出てこようとしない。

 しかし、たった一声鳴くだけで解放される、そう思うと不思議と勇気が沸いてくる。

 はやてはゆっくりと机に上った。

 指示通り猫のポーズをとるべく、机に手足を付ける。小振りなお尻を無防備に突き出し、はやては何とか四つん這いの恰好にまで至った。

 

「あん……、うっ、……っく、ふぁ……は、恥ずかしい……」

 

 顔を赤らめ最早半泣き状態であり、体は不安げに小刻みに震えている。

 一刻も早くこの体勢から解放されたかった。

 そのためには最後の難関、ある言葉を発しなければいけない。

 ここまで来たらやるしかない。

 追い詰められたはやては、やれば出来る、と己を鼓舞し、口の中で転がってる言葉をありったけの勇気とともに吐き出した。

 

「……に、にゃあー……」

 

 カシャ。

 

 言った瞬間比喩ではなく顔から火が出るかと錯覚を起こす。と同時に異質な音に気付く。

 

「ん? 何か音がしたような気が」

 

 直ぐさまその異常事態に気付く。

 ほんの一瞬のことだったがそこには僅かな魔力反応。

 はやての表情が真剣なものに刷り代わる。

 

「うちの広域探索なめるんやない!」

 

 はやての足元に幾何学模様が浮かび上がり、淡い光を放つ。

 管理局全体を優に超える広範囲に捜査の網を広げる。

 

「おった! 今から行くから逃げるんやないで!!」

 

 言うや否やはやてを中心として会議室に有り得ない量の魔力が満ち溢れる。

 一瞬のうちに魔力飽和状態となった室内ではやてはデバイスなしで即席の術式を構築し、それを躊躇うことなく展開。そして淀みなく魔力を流し込んで発動させた。

 光の粒子に包まれたはやては単独で転送魔法をやってのけてしまった。

 

 

「旅の鏡で盗撮とはええ度胸しとるなー。なあシャマル?」

 

 犯人を追い詰めて尋問するように問い詰めるはやての表情は決して笑ってない。

 口元にこそ笑みを湛えてはいるが、目が血走っているはやての形相は素直に怖い。

 

「ち、違うのはやてちゃん! 私はただはやてちゃんの誕生日に可愛い写真を――」

「問答無用ッ!!」

 

 言い訳しようがない立場に置かれたシャマルは必死に許しを請うが敢え無くはやての怒りの鉄槌に下された。

 

「止めてー! せめてメモリーカードだけは砕かないでぇーーー!!」

 

 シャマルの夢は虚しくも夜天の空へと散っていった。